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千葉家庭裁判所 平成8年(少)3257号 決定 1996年12月20日

少年 Y・H(昭和53.2.22生)

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、

第1  平成8年11月4日午後4時ころ、千葉市○○区○○町××番地×所在の○○株式会社倉庫内において、A(当時18歳)に対し、殺意をもって鉄製バールで同人の頭部、顔面、肩部、腕部及び腹部等を多数回殴打する暴行を加え、よって、そのころ、同所において、同人を頭部打撲による脳障害により死亡させて殺害し

第2  同月9日午後6時ころ、東京都新宿区○○×丁目××番×号所在の○○駅構内西口通路において、B(当時31歳)の足を踏んだことから口論となり、同人の言動に腹を立て、同人に対し、右手拳でその頭部を殴打し、更に所携の特殊警棒でその肩部を殴打する暴行を加え、よって、同人に全治まで1週間を要する頭部打撲の傷害を負わせ

たものである。

(法令の適用)

上記第1の事実について刑法199条

上記第2の事実について刑法204条

(処遇の理由)

少年は、2歳時に実父母が協議離婚し、一時父方伯母らに養育されたが、間もなくして実父に引き取られた。(実母は、少年の実弟を引き取り、少年とはその後没交渉であったが、本件を機会に16年振りに再会した。)離婚後実父は、子連れの女性と同棲したり、その女性の死後、親子ほど年下の女性と再婚し、その間、覚せい剤の売人をしたりなどしていたが、少年が10歳時のころ博徒の生活から足を洗い、鳶職となったが長続きせず、その後は千葉県、茨城県、東京都内等の新聞販売所等に次々と住み込んでは、集金の金を持ち逃げすることなどを繰り返していた。少年は、このような家庭環境の下で、実父に伴われて各地を転々として、極めて不安定な生活を送り、実父に暴力を振るわれたり、実父の利害のために利用され、一時も心安まることがなく、周囲を信頼したり、安心して依存することができないばかりか、常に攻撃され脅かされるのではないかという不安や緊張を抱きながら生育し、転居の度に転校を余儀なくされて、学校にも満足に通学させてもらえず、中学校は1年間程しか通学できず、そのためにその後に除籍となっている。(なお、少年は下記喜連川少年院収容中に中学校卒業認定試験を受験して合格証を取得している。)その後、少年は、実父が大酒飲みで、少年に激しい暴力を振るい、自分は働かずに少年を働かせようとするなどの生活に耐えられなくなり、平成4年10月(14歳時)ころ、実父の許から逃げ出し、単身で生活するようになった。そして、少年は、土木関係等の会社数社に住み込みで稼働したりしたが、いずれも対人関係等で挫折して続かず、職場を転々とし、仕事がないときは自動販売機荒らしなどを繰り返すなど、総じて不安定で不健全な生活を送っていた。

このような状況の中で、少年は、生活費等に窮して、平成6年5月、○○川の河川敷で野宿中に知り合った年輩の男性を見張り役にし、ナイフを使用するなどして、酒店、続いてコンビニエンスストアーを襲ったという2件の強盗未遂事件を犯し、同保護事件によって、観護措置を経て、同年6月21日に中等少年院送致の決定を受けて、喜連川少年院に収容された。

そして、少年は、平成8年1月9日に同少年院を仮退院し、栃木県字都宮市内の更生保護施設に帰住したが、数日して無断退去し、千葉県や東京都内等で住み込み就職するも長続きせず、不安定な就労生活を送るなどした後、同年8月に千葉市内のパチンコ店「○○」に住み込み就職した。少年は、同所において、数日後に同店に就職してきた本件殺人被害者Aと知り合うに至った。

少年は、Aとは同年齢で家庭環境も似ており、格闘技の趣味や考え方も一緒であったことなどから、同人と気が合い、親しく付き合うようになった。少年は、同年9月中旬ころ、上司に勤務態度を注意されたのを契機に同店を辞め、既に同店を退職していたAの勧めで、本件殺人現場である○○の廃屋で暮らし始め、数日してAも仕事を辞めて同所で少年と一緒に社会と隔絶したような生活を送るようになった。当初は、少年が「初めて人を信頼することができた」と言う程に、少年とAとの関係は良好であったが、しかし、その後、少年は、同廃屋に住んでいることが周囲の人に気付かれることを恐れていたところ、一緒に生活する中で次第に、このことに気配りをしないAの生活態度に不満を持ち始め、同人と自分との間に適切な心的距離を保てなくなり、自分を無条件に受け入れてくれる相手として同人に過度に期待をしたため、些細なことでも二人の間に食い違いが生じると、自分の考えを押し付けたり同人を叱責するようになり、同時に、自分自身仕事をしない生活を続け、堕落していく自分を感じて自分自身に対しても焦りを感ずるとともに、Aに受け入れられていないような感じを抱き始めていた。

そのため、本件殺人事件発生日の2週間前から、少年とAとの関係はぎくしゃくしたものになっていたが、そのころ少年がAに「もう少し注意をして行動したほうがいい。」と言ったところ、同人から「自分はいざとなったら、家に帰ることができる。」という趣旨のことを言われたのを機に、少年は、同人が少年の帰る場所のないことを承知の上で言ったものと思い、同人と自分との違いを思い知らされ、それまで繋がっていると思っていた同人との一体感が断ち切られたように感じるとともに、それまで自分を受け入れてくれる相手として過大な期特を抱き、同人との関係にのめり込んでいただけに、一転して、同人に対し、信頼を裏切られ拒否されたという被害感に基づく強い憎悪を抱き、幼少期から抱き続けていた、誰にも受け入れてもらえないという愛情飢餓感や自己否定的な感情も高まって、これらの不快な感情によって同人への憎悪や攻撃感情が一層増幅された結果、確定的な殺意を持って本件殺人非行を犯すに至ったものと推認することができる。

そして、その後、少年は、東京都新宿区○○のカプセルホテルに投宿して、不安定な生活を送る状況の中で、上記殺人非行の5日後に、些細なことに立腹して、被害者を手拳や特殊警捧で殴打して、本件傷害非行を犯したものである。

本件各非行は、少年が上記少年院を仮退院後の保護観察中に敢行した再非行であって、少年には更生への意欲が欠けていたものと言わざるを得ない。しかも、本件各非行のうち、殺人事件は、少年が、近くにあった鉄製バールを手にして、無抵抗の被害者の身体を同バールで多数回にわたり強打して死亡させたという極めて凶悪な事件であって、その動機、態様からは、人命軽視の態度が顕著に窺われ、総じて反社会性が高く、その結果は、前途ある一人の生命を奪い去ったというものであり、人間の生命の尊さや、被害者の無念さ、その遺族の悲嘆の情等を考えると、少年の責任は誠に重大であると言わざるを得ないし、また、傷害事件は、些細なことから攻撃感情が誘発されて敢行したものであって、少年と密接な関係にある相手のみならず、不特定の相手にも攻撃感情を向けるおそれがあることを示唆するものであり、これも軽視することができない。

少年が本件各非行を敢行した背景には、少年の資質面等の問題が重要な要因となっているものと考えられ、この点は看過し難いところである。少年の資質面等の問題性については、鑑別結果及び家庭裁判所調査官作成の少年調査票に指摘されているとおりであるが、少年は、知能は「中」程度であるところ、「後述するような性格面の問題により、情緒面で強い揺さ振りを掛けられるような刺激に対すると、途端に思考が混乱しやすく、その結果、視野狭さくの状態に陥ったり、時には思考が一時的に停滞したりする。したがって、能力の発揮は、その時々の情緒の安定の度合いに左右されやすく、不安定である。」「日常場面で能力を適切に発揮することができない。」などとされているほか、少年が不遇な生育環境に置かれ、肉親との間に情緒的な暖かみのある交流が殆どないままに生育し、一時も心安まることがなく、常に攻撃され脅かされるのではないかという不安や緊張を抱きながら成長してきたことが、その性格形成に大きな影響を与えているものと考えられるが、その性格等として、「性格的な偏りが大きな少年である。」「すなわち、他者に対する基本的な信頼感が獲得されておらず、強い対人不信感を抱いている。そのため、他者のさ細な言動を、自分への攻撃として被害的に受け止めて、さい疑心を抱いたり、疎外感を強めやすい。また、いつもだれかに見られているのではないか、ねらわれているのではないかなどと気にしており、対人場面では、常に強い不安や緊張を感じている。」「そのため、表面的なレベルで相手に調子を合わせたり、大人しく控え目な態度を取って、対人関係を持つことはできるが、他者との間に適切な心的距離を保ちながら、良好な人間関係を維持していくことができない。すなわち、対人不信感を抱いている一方で、幼少期からの愛情組餓感により、自分を無条件で受け入れてくれる相手を常に求めているという矛盾した欲求があり、受容的で許容的な相手と見ると、過剰な期待を抱き、気に入られようとして無理をしたり、相手の言動を過大に評価するなど、相手との関係に一方的にのめり込み、心理的な距離を取ることができなくなってしまう。また、他者への基本的な信頼感が獲得されていないので、相手の態度を自分を拒否するものとして被害的に受け止めてしまいやすく、さらに、さ細なことをきっかけに互いの気持ちが行き違ってしまうと、関係の修復が困難となり、結局は、自ら相手との関係を断ち切ってしまうことになりがちである。また、相手に対する信頼感を裏切られたという否定的な感情が容易に攻撃衝動に結び付きやすく、だれにも受け入れてもらえない自分に対する否定的な感情とも相まって、激しい攻撃行動として表出される傾向がある。」「内的な想像力は豊かであるが、物事のとらえ方は主観的で、現実生活から遊離したものとなりやすく、日常生活の具体的な事柄を処理することに関心が向きにくい。また、情緒的に不安定で、外界からの刺激によってすぐに不安が高まり、現実検討力が低下したり思考が混乱しやすいため、物事に安定して取り組むことができず、前向きな意欲も持続しにくい。そのため、能力の割りには成功体験が得られにくく、自信が獲得されていない。さらに、だれにも受け入れてもらえないという否定的な自己イメージを抱いているため、常に抑うつ的な気分に支配されており、自分の殼に閉じこもって、自分の否定的な面にばかり目を向けたり、他者の境遇をうらやむことにとらわれてしまい、発想の転換を図ったり、自己イメージを転換させていくことができにくい。」などとされている。このような少年の性格や行動傾的等が、少年のこれまでの生活態度や本件各非行に繋がっているものと考えられ、その矯正・改善が急務であると判断される。

そして、少年を取り巻く保護環境をみるに、少年と保護者との関係が劣悪であって、これまでの経過等に照らして、現時点において、保護者の少年に対する保護能力に期待するのは極めて困難な状況にあること、少年の抱えている上記資質面等の改善には専門家の指導が必要であること、加えて、少年に対しては、前記のとおり、中等少年院での矯正教育や仮退院後の保護観察を経てきたが、少年の抱えている問題を改善することができ得ないまま再非行に至っていること、保護観察所が、処遇上の意見として、「本人は、更生保護施設を社会復帰に努める場として仮退院を許可されたのであるが、帰住後数日にして同施設を無断退去し、以後その所在を明らかにせず、保護観察を忌避していたのであって、保護観察中に、殺人という極めて凶悪な事件の被疑者として身柄を拘束されていることから見ても、本人には、保護観察を受け、遵守事項を守り、社会の善良な一員として更生しようとする意欲が欠如していたものと認められるのであり、もはや社会内処遇によって改善更生を図ることは困難である。」と述べていることなどを考慮して検討すると、少年に対しては、もはや自律的な改善に期待する社会内での処遇は限界状態にあるものと言わざるを得ない。

以上のような諸事情を総合して検討すると、少年が、当審判廷において、本件各非行を真摯に反省していること、本件殺人事件は少年が自首したものであること、更には、少年が不遇な生育環境に置かれてきたことなどの諸事情を考慮しても、本件については、社会内処遇は考え難いところであり、また、本件殺人事件の事案の重大性等に照らして、刑事処分が相当ではないかとも考えられなくはないが、本件各非行が、不遇な生育環境に置かれてきたことが大きく影響した対人関係の持ち方の問題や情緒面での不安定さなど、上述した少年の資質的な問題が反映されて敢行されたものであるところ、これらの資質的な問題は非常に大きく、矯正教育を施しても予後に不安が残ることが懸念されるケースではあるが、しかし、少年の社会適応力の向上を処遇の主眼として、少年と情緒的な交流を結びながら、きめ細やかな個別的指導を行うことによって、非行の抑制を図る余地が在るものと考えられ、未だ「保護不能」とまでは断定できないことなどを考慮すると、本件について刑事処分を選択することが適切な処遇であるとは認め難いところである。そうすると、少年に対しては、この際、矯正施設に収容して、相当長期間にわたり系統的な矯正教育を施すことにより、生命の尊厳やそのかけがえのなさについて教育するとともに、自己の行為に対する反省や自己の問題点に対する内省を深めさせ、健全な対人関係の形成の在り方を体得させ、集団生活の中で自己を客観視させ、情緒的交流を通じて情操を涵養することにより、徐々に資質面の歪みを是正・除去し、今後の社会適応力の向上を図るなどして、その方向付けをすることが、最もその福祉に資するものであり、また、非行の再発防止の要請にも合致するものと言うべきである。

なお、本少年については、本件が重大な非行であることや、少年の社会適応力を向上させるにはその資質面の改善を図ることが必要であるところ、それには相当長期間にわたる院内処遇を要することなどに鑑み、院内において相当長期間の矯正教育を施すことが相当であり、また、これまでの保護環境等に徴して、少年の出院後の生活を安定させるため、出院時に備えて早期から保護観察所と提携して、親子(特に実母との)関係や、出院後の帰住先及び就職先等の保護環境について調整を図ることが必要であると判断するので、別途処遇勧告書に記載したとおり、処遇勧告をした次第である。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木秀夫)

〔参考1〕処遇勧告書<省略>

(別紙)

本少年については、本件が重大な非行であることや、少年の社会適応力を向上させるにはその資質面の改善を図ることが必要であるところ、それには相当長期間にわたる院内処遇を要することなどに鑑み、院内において相当長期間の矯正教育を施すことが相当であり、また、これまでの保護環境等に徴して、少年の出院後の生活を安定させるため、出院時に備えて早期から保護観察所と提携して、親子関係や、出院時の帰住先及び就職先等の保護環境について調整を図ることが必要であると判断するので、この旨処遇勧告する。

〔参考2〕鑑別結果通知書<省略>

〔参考3〕少年調査票(抄)<省略>

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